2017年04月27日

このカップ焼きそばがすごい!2017「まるか食品ペヤング焼きそば酸辣MAX」

はいはいペヤングの新作「酸辣MAX」ですね。

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っていうか、パッケージの「極限的酸味」に嫌な予感しかしない。
なんだかんだでPTSD気味なのかもしれない。酸っぱいカップ焼きそばは鬼門というか、一瞬、スルーしようかとも思ったんですけど。

それでも購入。正直、これは職場で食べたらあかんヤツだと思い、誰もいない某記者室で食べる。給湯室でお湯を入れて庁舎の廊下をいそいそ歩く自分に少し自己嫌悪。

とりあえずソースぶち込むんですが、酢の匂いはありますが、それ以上にラー油が効いていて、「なんだかいけそう!」という気になります。ラー油はやっぱり偉大です。
んで、口に含んだ瞬間にむせるのなんの。口に入れるたびにむせる。これは加齢云々じゃない。なんというか喉に刺激がある感じ。
酸味はキツいです。レモンとか梅系は多いですが、そういう次元じゃなくて、何か心の奥に封じ込めた嫌な記憶が呼び覚まされる感じ。
あと辛さもなかなか。ペヤングの赤いヤツほどじゃないけど、一平ちゃんカラムーチョよりは上。
かなりの刺激物ですが、なんとなく香ばしさと具材の多彩さで乗り切れる感じでした。
大丈夫。食べられる味です。ただ、美味しいか?と問われれば微妙です。好きな人はいると思う。だけど、嫌いな人も同じくらいいそう。



個人的にはパクチーの方が好きだったかなあ。
posted by ヤマダマコト at 18:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月21日

勝手にKDP本レビュー★47折羽ル子「大四国戦線」

というわけで、折羽さんの「大四国戦線」読了。KDP原作開発プロジェクトのエントリー作品だったと思うんですが、ここまでがっつり長編を書いてくるとは。
とりあえず、方向性としてはいつもの折羽節というか、わかる人はわかると思うんですが、地の文章でぐんぐん押す系。弐杏さんもそんな感じですが、あちらは女子っぽいハイテンションですが、こっちはガチンコな感じ。江戸落語的な饒舌な語り口で小ネタはどんどん投げてくる。
ストーリーは四国内での主権争いというか、高知や徳島は置き去りで香川と愛媛、具体的には高松と松山が怪獣バトルを展開するもの。映像化するときにはCGより着ぐるみ希望っすわ。
要所要所では挿絵もあってお得!

いきなり巨大怪獣が出てきてドーン、ではなくて、そこに至るまでの両都市の確執やらシュールで予測不能な人間ドラマもあって、読み応えは十分。河童からご当地アイドルまでなんでもあり。キャラ名はややこしいんですが、覚えなくてもオッケー。ウンコ俳人とか適当に脳内で整理できるし。
ていうか映像化したらアカン人たちばっかり。尻子玉抜かれた男になりすました河童の市長とか訳分からない。いい意味で。

加えて個々のキャラクターのエピソードが全て繋がる時のうねり具合もいい感じ。折羽さんの長編は初めてですが、こういうダイナミックな物語のうねり作りも何気に上手い。長編だと、こういうものを書くのか、っていう。どうしても文体的に長編だとウルトラヘビーな部類になってしまうんですけど、年に1、2作読む分にはアリじゃないですかね。意外性もあって楽しいストーリーだと思います。
相変わらず、バイオレンス&ナンセンスな感じ。言葉にするのは難しいから、これは読むしかないわね。



あと割鞘さんの怪作「魔球投手」シリーズを思い出しました。こっちの方がギャグ成分高めで、ストーリーそのものは軽いんですが、なぜか手触りが似ている気が。
posted by ヤマダマコト at 15:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月10日

ヤマダ氏、恒川光太郎「私はフーイー」を読んだった

ちょうど、恒川光太郎の「私はフーイー」を読了したので感想でも。
恒川光太郎といえば、デビュー作「夜市」がホラーで短編集のハンデを乗り越え直木賞候補になり、とんでもない人が出てきたな、と思いきや、そこからは堅実に作品を積み重ねつつも、ジャンルのせいかいまいちメジャーになりきれない、だけど人気はかなりあって仕事の絶えない作家。
プロ野球に例えると、ロッテの唐川とか去年までの巨人坂本っぽい。出てきた瞬間は、いわゆるJホラーブームの後の日本のホラー小説界隈を一変させるだけのポテンシャルがあったというか、今も十分にすごいけれど、でも、ファンの理想はもっと高いところにあるというか。

私も初期の頃はすごく好きでしたし、今でも影響は少なからず受けてるんですよ。特に短編は。
ただ海外のポリネシアっぽい島を舞台にした短編連作「南の子供が夜いくところ」とか、それはそれで面白かったんですが、ちょっと南国の「陽」の方に行きすぎてしまったというかね。微妙に日本の土着文化を下敷きにした奇譚、というか、それまでの趣きが薄れ、恒川作品っぽくなかったし、そのあとの短編集「竜が最後に帰る場所」は、この作者は、むしろ不条理SFやファンタジー方面に向かうのかな、と思い、最近は読書の優先順位は必ずしも高い方ではなかったんです。
サンカをテーマにした「山彦」を書いたあとに、あの恒川がサンカをテーマにして書いていると聞き「金色の獣、彼方に向かう」を読んだくらい。その時に、やっぱり、この作者の魅力というのは、こういう日本の土着文化に結びついた雰囲気なのだと思ったし、改めて凄さを実感しました。サンカに対するアプローチもさすがに商業で食ってるプロの仕事だな、と。

で本題の「私はフーイー」。
ちょうど、年始に某所でハードカバーの中古本を手に入れたんですよ。沖縄をテーマにした怪奇短編集ということで、KDP原作開発プロジェクトに参加する身として参考にしようと思ったわけです。
同書に収録されているのは、「弥勒節」、「クームン」、「ニョラ穴」、「夜のパーラー」、「幻灯電車」、「月夜の夢の、帰り道」、そして表題作の「私はフーイー」。
どれも近現代の沖縄を舞台にしていて、とくに、まだ琉球王国の名残が残りつつ日本になっていった明治や大正、昭和初期の描写がすごく印象的で、逆に、アメリカ占領下の文化については割と弱め。「南の子供〜」の南国テイストはほとんどなく、むしろ、恒川作品の中でも土着色が強め。もちろん、それは我々の想像する本土の文化ではなく、琉球の土着文化なんですけれど。多分、この人の手にかかれば、東北だろうがアイヌだろうが、全ての土着文化が幻想的な怪奇物語に変わってしまうんだろうな、と思いました。
ハンサムで軽い文章も読みやすいし、中高生でも楽しめると思うんですよ。

1番それを感じさせるのは「弥勒節」。導入がらしくない気はしましたが、ヨマブリの描写や映像的なクライマックスなど見事というほかないです。音楽が聞こえてくるんじゃないかと錯覚するほど。「クームン」も、すごく沖縄的な妖怪で面白い。ここらへんのイマジネーションって、やっぱり才能なんだろうな。

ただ、筋運びについてはバラつきがあるというか、この作者は、デビュー作の「夜市」、「風の古道」、あるいは初長編の「雷の季節の終わりに」あたりはまだしも、最近はプロットを書かずにつらつら書いてるんだろうな、という感覚がすごくありました。正直、「ニョラ穴」、「夜のパーラー」については、現在の沖縄っぽさをバリバリ感じる描写が凄まじく、途中までは上手いし、面白いんだけど、どちらも最後に焦った感がある気が。特に「夜のパーラー」は沖縄の、あの夜の空気感を清濁含めて汲み取ったセンスが秀逸なだけに惜しかった。最後の最後でちょっと投げやりな感じがした。

ちなみに私のお気に入りは表題作の「私はフーイー」。琉球王朝末期から沖縄戦までの100年強を舞台にしたニライカナイから流れ着いた神秘のヒロイン、フーイーの輪廻転生の物語。短編にしておくにはもったいスケール感と魅力的な登場人物で、もうメロメロな感じ。
そういえば「秋の牢獄」の時にも感じたけれど、作者は北村薫が好きなのかもしれない。あの時も北村作品の「ターン」を思い出したんですよね。ループもの云々はもちろん、人の悪意の出方とかね。今回は「リセット」っぽい。



あと、余談なんですけど、この本のタイトルと表紙絵が微妙に好きになれなかった。作品の中身と合ってない気がしたんですが、文庫化で「月夜の島渡り」に改題。表紙も一新。これは角川さん英断ですわ。ハードカバーはちょっと、ね。
もちろん電子書籍は文庫準拠です。
posted by ヤマダマコト at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする