2018年01月19日

そうか3周年か

そういえば、まもなく、KDPで「団地のナナコさん」をリリースしてから丸3年だなと思いました。同年立ち上げの隙間社さんは3周年記念で全集出しましたけど、うちは何もないんですよね。5周年は何かやるはずですが、今回はナッシング。

なんか気の利いたことを書こうと思ったんですが、激務が祟りMAJIで過労死5秒前では厳しい。KDP本をちょいちょい読んで、ひたすら自作を書くくらい。そろそろ商業出版の売れ筋もちょっとチェックしていかないと、とも思ってます。
というか、アレですね。KDP初めて丸3年ですが、やっぱり人の出入りが激しいなあ、と。その昔、ケータイ小説やってた頃もそうでしたが、あっちは絶対的な人数が違いましたし。
気付けばツイッターで見かけない人とか、小説書いてない人が増えたりとか。いずれは自分もそうなるのか、とか。いや、でも私は仕事でも文章書いてる人間なんで、脱サラしてメルボルンでインチキ寿司屋でも開かない限りは今のリズムが続く気はします。
ちょうど、私がEINだのリフティングチャージの対策が残ってた最後の方の参入で、むしろ、それ以降に一気に賑やかになった感じはあるので、これからはそういう気持ちもなくなるのかもしれないけれど。
でも、やっぱり寂しいものはありますけどね。栗見さんとか他の作品も読んでみたかったし。

とまあ、そんな感じ。
ちなみに、執筆についてはまずまず。ペースがちょい落ちてますが、ほぼ終盤だし全然心配してなくて、当初計画より前倒しで推移してます。4月にリリースできるかもしれない。
あと、少し余裕が出てきたので、並行してプロダクトマネジメントというか、既存作品のテコ入れをしようかな、と準備を進めています。結果が読めないのでとりあえず1作をテストしますが、多分うまくいくし、そういった取り組みが5周年企画にも生きてくる、と良いなあ。あくまで時間や労力のリソースを消費しない範囲の取り組みであって、新作執筆優先のスタンスは変わらないんですけど。
ラベル:雑談 日記 KDP Kindle
posted by ヤマダマコト at 09:36| Comment(0) | KDP | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月13日

勝手にKDP本レビュー★54「聖者の行進」牛野小雪

牛野さんの小説を久しぶりに読了。おそらく1年近く執筆していた大作「聖者の行進」です。私の中ではルイ・アームストロングだったり、小学校の鼓笛隊で演奏したアレを思い出すんですよ。野島伸司のドラマはあざとくて好きじゃないので見てないのです。
というか、相当気合の入った作品だというのはブログを見てて伝わってきたし、ボリュームも半端なくて、今年最初の読書という意味では、これだろうと。

で、内容なんですが、これがとても要約しにくい。もともと牛野さんの長編って、ロードムービー的というか不可逆的な進み方をするんですよね。おそらく1番評価が高いであろう傑作「真論君家の猫」は、そうでもなくて、主人公たるクールなネコは旅に出ても帰ってくるべきとこに帰ってきて締めくくるんですが、他はそうではないことが多いんですよね。主人公がロケーションを移動するとストーリーが切り替わり、登場人物も入れ替わっていく傾向がある。それはターンワールドだけの話ではなくて、短編とかもそういう傾向がある気がする。
そして、その変わった構造にドライな文章や独特のセンスが加わって唯一無二の作風になっているのが、この作者の最大の魅力だろうと思うんですよね。
今回はそういう意味では、やっぱり、その傾向は強く感じられる一方で、物語の軸として「まさやん」という存在を置くことで、そこから脱却しようとする意図が感じられるんです。ある意味で、まさやんこそ、これまでの牛野長編の主役ポジションという印象。彼と関わった人間はどんどん変質、あるいは死んでいく。そして、その存在が大胆不敵というか、中盤以降は人ですらなくなる。

ストーリーそのものはシンプルで、前半はサイコパス的連続殺人犯「まさやん」と彼を追いかける刑事タナカの物語。で、その2人の邂逅をきっかけに一気にストーリーは動き出します。まさやん半端ねえっす。アジテーターとしての才能を発揮して、ネットなんかを活用し、人々の悪意を増幅させていくんですよ。その部分は浦沢直樹の「MONSTER」のラスト、あるいは、そのネタ元になったスティーヴン・キングの「ニードフル・シングス」を彷彿とさせつつも、個の繋がりではなく曖昧模糊とした群衆を相手に、今時のやり方でやるのがすごく面白かった。
結果、現代日本の秩序は崩壊し、力が支配する世紀末的な混沌の世界になります。北斗神拳の出番的なイメージ。そこから群像劇的な展開になり、混沌とした世界で、強者に従い生きる者や、混沌の中に秩序を見いだす人、希望を求める人を描いていく展開になります。その世界において、まさやんがどうなっていくのかが見どころ。
前半は、あくまでノワールだったりモダンホラーなんだけど、後半は聖書だったり神話の世界を意識した非常に観念的な話になるのが面白く、そして、まさやんという存在もどんどん観念的になっていく。ユリとナツミのくだりはまさにそれ。ひたすら死体を埋め続けるタクヤの最後もそう。この善悪を超越したドライさも牛野さんっぽい。
で、冒頭の不可逆的な部分については、良い意味で予想を裏切られるというか、着地点がしっかりしているんですよね。不可逆なのは間違いないです。まさやんが呼び込んだ秩序の世界の終焉のあと、混沌の中に新しい秩序が生まれたとは言いにくいですし。ただ、投げっぱなしにはしていない。その辺は、牛野さんが意識的に取り組んだ部分じゃないかな、と。
おそらく聖者の行進というタイトルも、そうした観念的な部分を形にしたんだと思います。

あと目を引くのはバイオレンス描写。
私はお上品な人間なので血がドバッと出るのが苦手なんですが、かなりやばかったです。病院の待合室で読んで意識が遠のきそうになったりしました。とくに序盤。どんだけ股間グサグサ刺されてんねん、っていう。いわゆるお約束的な、ねっとりとした描写も前フリもなく突発的に来る。しかも日常と地続きの淡々とした描写というのがキツイっす。最近だと「粘膜人間」の飴村行に似てる気がする。あの拷問シーンの「そばが出たぞー」のような狂気はないですが雰囲気は似てるかも。ナツミやチャーリーの超人っぷりは粘膜人間の弟くんを彷彿とさせましたし。後半には慣れるし、非日常が舞台ということもあり、かなりマイルドに感じるんですけど、前半はなかなかハードル高め。
賛否はあるだろうし、個人的にしんどいけれど、ありだと思う。面白いし作風にはマッチしていると思います。もともと、そういう要素はあるんですよね。猫の仲間たちが野良犬にベロンと皮を剥がされたり、リストカットで血が吹き出したり。その延長線として悪くないし、実はこの路線は魅力があるんじゃないかと。
むしろ、この路線メインでやっていくべきなのかもしれない。読者から見ればアイコンとして分かりやすいし、いい意味で「金の匂い」がする。私の中では、牛野さんは純文学寄りの人なんですが、その中でもバイオレンスをどんどん押し出していって欲しい。多分、成功する。

逆に難点もないわけじゃないです。ボリュームに振り回されたのか、これまでの作品に比べて、やや人物描写が記号的に感じるんですよね。それはネーミング的にも「まさやん」だけがイレギュラーなことを考えれば意図的なんでしょうが、あまり上手く機能していないんじゃないかと。
加えて、意識的に神視点を使ったんだと思いますが、そこまでの効果はなかったような気がする。結果的に登場人物が増えた一因だった気もするし。とくに、まさやんの視点というのは避けても良かったかも。よりミステリアスになった気がする。序盤の、まさやんに救いを求めるコンビニ店員さんとかムチャクチャ面白かっただけに惜しい。逆に後半のラーメン屋のシーンはなくても良かったかも。かも。
というか、前半と後半でもっとキャラクターを一本化できたら良かったのにな、と。とくにタクヤは、後半は生き延びるのに精一杯で仕方なかったと思うんですけど、ふとした時に平和だった時代を振り返ったりもしただろうし、逆に平和な頃に、もっとストレートに「秩序なんて滅びてしまえ」と妄想したと思うんです。その「平和な時代に混沌を願う」という行為と、その結末を終盤に対比させたりしたら主題がぐっと深まるんじゃないかと。
結果、地続きの話なのに、以前と以後ですごく分断を感じたんです。これも意図的なのかもしれませんが、私はもっと繋げた方が良かったと思う。そうでないと読者には分かりにくいんじゃないかと。



そうした点も踏まえ、完成度については、牛野さんのこれまでの作品の中では決して高い方ではないと思う。少なくとも、エンタメとしては「真論君」の方が出来は良いし、オリジナリティや純度の高さではおそらく「ターンワールド」の方がずっと上だと思うんです。
ただ、熱量や見所の多さでは、この「聖者の行進」はその2作を間違いなく圧倒している。牛野さんの代表作になってもおかしくない。
確かにグロいし悪趣味なシーンもあって、私も読むのやめようか迷ったし、読了直後には、どう評して良いかわからなかった。ただ、こうして思いついたことを書くだけで、これだけ書けるというのが、この作品の魅力なんじゃないかと思うわけであります。以上。
ラベル:Amazon KDP Kindle
posted by ヤマダマコト at 23:01| Comment(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月07日

近況ほか

特に書くことはないけど、なんとなく。

とりあえず、「宵闇天化」の執筆についてはまずまず。年末年始はスローペースでしたが徐々に加速して、今はだいたい18万字。割とスケジュール通りに推移していますね。
というか、基本、サラリーマン気質というか、だいたいスケジュールから大きく狂わないタイプなんで問題なかろうと。去年も多少の遅れはあったけれど、終わってみればスケジュールをきっちり消化しきったわけですし。だから、トラブルさえなければ、予定通りに5月までに出せるはず。
もしも自分の強みというものがあるとしたら、スケジュールを立てて、それに沿って動けるということなんだろうとたまに思ったりします。本来は創作に向かないタイプなのかもしれない。どちらかと言えば町工場のおっちゃん気質というか。納期から逆算して工程を組んで進めていく感じ。

んで、後は年末に買った某任天堂新型ゲーム機が未だに未開封という。なんというか設定がめんどいというか新しい機械をいじるのがだるいというか。ダメ人間の極みですね、こりゃ。ああいう新型は苦手。
というわけでゲームはもっぱら3DSで、今はFE覚醒をだらだらやってます。発売日からの総プレイ時間が700時間超えてるのがなんとも。最高難易度がすごく面白い。ifも面白いんだけど、なんか好きになれないし、エコーズこと外伝リメイクはすごく好きなゲームなんだけど大味なのがちょっと。聖戦の系譜とか3DSでリメイクしてくれないのかしら。GBAの封印&烈火でもいいんだけど。聖魔は、まあいいや。
なんというかFE熱が高まっている。悪名高き新暗黒竜を再プレイしたいくらい。ていうかアレ好きなんすよ。ノーリセット&ロスト容認派としては聖典にしたいくらい好き。全員生存のためにリセットとかむしろ邪道。wizだって、男ならレベル120忍者がロストしても受け止める度量が大事。キャラの死もストーリーなんですって。死があるからこそ成長に意味があるんですよ。ロストしなけりゃ、キャラなんてただの数字の塊じゃん。
要約すると、任天堂さんはスイッチ向けにFEを出しなさいということですよ。

小説はぼちぼち読んでます。レビューとか書くかどうかは未定だけど、KDP本も年始からいくつか読んでます。

んな感じでございますです。
ラベル:Amazon FE
posted by ヤマダマコト at 19:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする