2021年01月13日

書くことがねえ

ヤマダです。ホット綾鷹が美味しい季節になりました。冬の交通渋滞も熱い綾鷹をたくさん飲んで乗り越えたいものです。

というわけで近況。
特にないですけどね。なんだかんだで地味に書き続けてるし。正月はさすがにペースが落ちてましたけど。
執筆以外もあんまり変わらず。せいぜい家族が鬼滅の話ばっかりなので、ひっそり1人で3DSとかスマホでゲームやる時間が増えたとか。
なんにせよコロナとか寒波とか慌ただしくて落ち着かない日が続きます。
先週末から大雪もしんどかったですしね。
ただ連休中の雪はあんまり嫌いじゃない、というか仕事に影響がないものだから正面から向き合える感じがするんですよ。雪かきはしんどいし外出は大変だけど、「こりゃ大変だな」と受け止めて対応できるというか。
あと寒波が去った後の夜の散歩ってすごく気持ちが良いのですよ。静かで、やけに空が綺麗で空気が澄んでいて、雪で明るい。夏の夜も良いけど冬も一興。

なんというか、少なくとも社会人になって通勤に車を使いようになるまでは、ずっとそうだったんだよな、と気付きました。
ウインタースポーツをさしてやらない雪国の人間が雪を嫌いになる節目って、みんなそこじゃないのかなと。やっぱり、仕事とかが気になって向き合えなくなるんでしょうね。
同時に、そんな自分が嫌というか、社会人になると季節を楽しむ余裕がなくなってくるし、ぼんやり空を見上げる余裕もなくなってくるんですよね、記者時代ですら桜が咲けば「記事になるかな」とか考えてカメラを構えるわけじゃないですか。いや、むしろ余計そうだったかも。
これは冬に限らずなんですけど、季節を感じる余裕がどんどん減ってるんですよね。仕事だけじゃなくディスプレイの中の情報が多すぎるし、大人になって娯楽も増えた。昔は「ゲームは1日1時間」だから外で遊ぶわけで釣りとか虫取りばっかりしてたし。
逆に退屈な田舎の少年時代がなんだかんだで自分のベースにあって、そこが1番ストレスフリーでいられる環境なのかな、と。
私がたびたび「脱サラしたい」と言いますが、それによって求めているのは、そういう「季節の移ろいを感じられる余裕」なのかな、と。この大雪でちょっと気付いちゃったんですよね。別に遊ぶ時間とか自由が欲しいわけじゃないんだろうと。

で、創作の話なんですが、私の小説ってよく「風の描写がやけに多い」「空の描写が多い」、「自然風景が濃い」と言われることが多いんですが、これ無意識に季節感を心に留めておきたい心理なのかな、とか思ったんですよ。単純に自分の記憶の中でそうした風景の比率が多いせいもあるんだろうけど。

とまあ、大雪で疲れてぼうっとしながら職場休憩時間にだらだら書いてみた次第です。以上。
ラベル:雑談
posted by ヤマダマコト at 12:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする