2015年02月22日

天神様のおはなし

なんだか本の批評せんかいと言う声も聞こえてきそうですが、
まったく関係ないローカルネタ。
というか、このブログの訪問者ってTwitter経由の人が少なくて、カップ焼きそばやNGTなんかの記事がやたら読まれてるんでございます。もともとツイッターはKDPとか創作関係、ブログはローカルや創作関係の外の方に情報発信していきたいと考えていたので、ある意味で順調なのかなと思ってます。
でもブログでもKDPの話題もガンガン取り上げますけど、やっぱり新潟と銘打っている以上はローカルネタは外せないし、そこから新潟を舞台にした変な小説群をPRしていきたいと願うわけです。
即効性はないと思うんで、あくまで気長に。

で本題の天神講です。
毎年、2月25日の菅原道真公の命日を偲ぶお祭りです。
どっちかというと太宰府や関西の天満宮がメインですが、立派な天満宮のない新潟の一部地域でも盛んなんです。
というより、金沢なんかもそうですが、北陸の天神信仰の流れの一つなんでしょう。
金沢だと正月や小正月に床の間に天神様の掛け軸を添えて魚なんかを供えるそうです。
新潟でも出雲崎あたりは、その流れを汲んだものです。
金沢の武家社会において本来の2月25日ではなく、正月行事に取り込まれたのだと思います。

ただ新潟の越後平野の中心である新津、燕、白根あたりで根強い天神様は命日の25日なんです。ちょっと面白い。
これは金沢あたりで正月行事になる前に新潟まで伝播していたのか、江戸時代以降に入ってきた文化なのか。
また越後平野の天神講の特徴は、お菓子
新津や燕では、
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あんこの入ったこの粉菓子が主流で、保育園でもらったものがあります。道真公だけでなく、飛梅伝説の梅や縁起物の松や鯛もあります。ちなみに写真は燕のもので、新津や白根はもっと地味です。あと生菓子もあります。
もう一つ、分水あたりでは
image.jpg
この金花糖が主流。

このお菓子の起源については、金沢なんかで供える盛んな魚のお供え物の代用品だったのかなと。
また金花糖は、東北や北陸で見られる呪術的な土人形の変形と見る説もあるようです。
いずれにせよ歴史は古く戦前の木型を未だ使っているお菓子屋さんも少なくないそう。
基本的に、このお菓子を天神様というか道真公の掛け軸にお供えして、夕食に醤油ご飯を食べるのが一般的で、加えてウチでは線香花火をやって、あと保育園では「とおりゃんせ」歌った記憶が。
すごく静かなお祭りなんですね。最近になって燕市が受験シーズンの合格祈願グッズとして菓子を売り込んでますが、基本的に地味でおおく語られない風習というか。

それにしても、なぜ道真公に縁もゆかりも無い新潟の一地域でここまで天神講が根付いたのかっていうのは興味深いです。
個人的には道真公というより天神信仰そのものに秘密があるように思います。もともと道真と天神は別物で、道真の死後に清涼殿落雷事件をきっかけに、神として祀るべく結びつけられたもの。要するに御霊信仰によって生まれたもの。
で元来の天神様は雷を司る農耕神。案外、春を待ちわびる雪国の農民たちの思いと関係してるのかもしれません。

余談ですが、この天神様のお菓子。無茶苦茶甘ったるいんですよ。
しかも実家のばあちゃんとかがカゴ盛りのフルセットを購入してくるわけです。
食べるのが苦痛になるという。
興味のある人はぜひ、新津とか燕に買いに来て欲しいです。キットカットよりは受験のご利益はありそうですし。
そして、新津を舞台にした「団地のナナコさん」も読んでくれると嬉しいです。


posted by ヤマダマコト at 15:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 新潟ローカル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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