2015年04月13日

ヤマダ氏、超能力小説を読み漁る1★キャリー

なんか伊坂幸太郎「魔王」再読して以来、超能力がマイブームなんです。わりと80年代から90年代にかけての超能力小説を読み漁ってます。
なんか映画のスキャナーズ見たり。あれはワゴンの帝王のイメージ。「三頭魔王」とか「吠えよドラゴン」「地獄のターミネーター2恐怖の処刑教室クラス・オブ・1999-2」なんかと一緒に100円でVHSが五泉高校前のジグザグの販売ワゴンで投げ売られているイメージ。「女王陛下のトップガン」とかもね。

スキャナーズの話はいいとして、やっぱり小説ですよ。小説。
実際、80年代には超能力ってすでにありふれていて、90年代は後半にオウム事件があって、そこで超能力系オカルトは1度断絶している感じがあるんです。でも、よく探すと面白い作品が多いんですよね。
とはいえ国内作品ばかりでは面白くない。
何から行くよ?となるとやっぱりキングの「キャリー」しかないという。
何気に最初から70年代の作品出すのは卑怯な気もしますが、これがなければリアルな超能力を扱ったストーリーは出てこなかった気がします。全てのジャンルで。キャリーなくしてスキャナーズはないし日本の誇るアキラもなかった
超能力語るときに、これを避けることは出来ないし、キングのメジャーデビュー作でもありモダンホラーの原点という、20世紀を代表する作品だと思います。マジで。
アメリカ文学においては「ハックルベリー・フィンの冒険」とか「白鯨」とか「老人と海」に並ぶ重要な作品の1つだと思っています。
映画の方はね。スキャナーズの方がね、という残念な感じ。最近また映画化されたみたいで、そっちは良さげな予感も。

で、久しぶりに読みました。19のとき位来です。改めて驚かされます。
キング作品特有のねちっこい描写を翻訳する苦労が偲ばれるような文章はご愛嬌として、やっぱりべらぼう面白い。
改めて読み直して思ったのは人物描写。スクールカーストの描写とか、頭のおかしい母親の描写とか、今の時代、すごく生々しいというか。現代の日本の高校に置き換えても自然だし、いびつな青春小説としても読める感じ。
アメリカのプロムとか、今の方がアンビリバボーとかで知られるようになったから、よりイメージがわきやすいだろうし。
その中でサイコキネシスが出てくるんだからたまんねぇよ。
あと、キングらしいのはレポート記事、談話などの架空文章を挟み込んで作品に説得力を持たせる技法。好きだよな、この人。私もかなり影響受けて真似しますもん。
とにかく描写と人物造形、そうした心理学的な「第三者の理論」を使って、極限の緊張感とリアリティの中でカタストロフを生み出すわけですが、驚くのはプロットのシンプルさ。ストーリーはすごくシンプルなんですよ。大きな仕掛けなんてない。なのに読ませる。
キングといえばプロットを書かずに何度も稿を重ね作品を書き換えていくことが多いのですが、そうでなければ出せない迫力があります。
なんか昨今の小説って、大きな仕掛けがなければダメみたい風潮がある気がしますが、そうじゃないよなと改めて思わされます。物語の運びだけでも傑作は生まれる。



っていうか、あんまり作品解説になってないけど、これは超メジャーなんで今更語るのもどうなんでしょうね。

posted by ヤマダマコト at 20:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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