2020年10月21日

ヤマダ氏、土田世紀「俺節」読了

色々あってAmazonのギフト券が余っていたので、Kindleで買った土田世紀の「俺節」。ようやく読了。仕事の休憩時間にちまちま読んでました。
実は途中までは読んでたんですよ。かなり昔ですね。新卒で入った会社で、入社3年目くらいで嫌になって、研修ばっくれてブックオフで立ち読みしたんです。ただ途中までしか店に置いてなくてそのままになっていたという。



いや面白かったですよ。すごく土田さんらしいなあ、というか。「編集王」や「俺のマイボール」もそうなんですが、題材との向き合い方というか、そこに人間ドラマを入れ込むバランス感覚はすごく好きです。どストレートなやり方なんですが、それで面白いものが描けるのはやっぱり良いよなあ、って思います。極道の描写は色々あれど綺麗な極道を描かせたらこの人は天下一品で、それだけで満足みたいなところはある。ものすごくベタな演出でも、この人が描くとカッコいいのも羨ましい。
グルメ漫画とかアイドル漫画とかも描いて欲しかった。つくづく惜しまれる才能だなあ、と。
もっともすべての作品が好きなわけではないんですよね。私が最初に読んだ土田作品は、アフタヌーンのやつでヤンキーとかラグビーの漫画だったんですよね。タイトル覚えていないけど、なんか凄いな、っていう感じで。絵とかカットとか本当に凄いんだけど、あんまり面白くなかった。中学生の頃じゃなかったかな。
あと「同じ月を見ている」以降の連載作はあまり好きじゃないんですよね。そもそも連載向きじゃない感じがしたし、どんどんパワーダウンしている感じがしたんですよ。なんか窮屈そうというか。「俺のマイボール」はとても上手だけどなんか違う。
そんな中で「俺節」は気にはなっていたけど優先順位の高い本ではなかったんですよね。そもそも漫画自体そんなに読まないし。

にしても今読むと「こういうのもありかな」と思いますが、これ30年くらい前の、本当に演歌業界がしんどかった時代の作品なんですよね。当時の感覚では凄いチャレンジだったんだろうなあ、と思います。普通に「東北の冴えない青年が歌で勝負しようと裸一貫で上京し、貧しいながら友情や青春を謳歌しつつ才能を見出されデビューする」だけではあまりにも捻りがなくてつまらないですしね。
そこに土田節というか「流し」やら「極道」やらが入ってきて、お家芸的な泥臭い人情ドラマがぶっこまれると唯一無二の作品になるんですよ。これが個性なんでしょう。
出てくる登場人物も正直ベッタベタなんですが、この絵柄と描写によって妙な迫力とリアリティが出てくる。ステレオタイプなんですけどね。でも全然そう感じさせないのが凄い。

ただ、やっぱり彼の連載物ならではの欠点もあって、特に中盤は、「出会う人間のイザコザに主人公のコージが巻き込まれる→コージの才能と根性で解決」のパターンが何度か繰り返されるんですが、それが退屈に感じました。
浜田山と寺泊のところはもっと簡潔にできた気がするし、マネージャーの唐名はそこまで掘り下げる必要を感じなかった。むしろ大物演歌歌手の北野と流しの大野、この作品における2人のマスターポジションの若かりし頃を掘り下げつつ、コージとオキナワとの対比をもっと描いて欲しかったなあ、というか、そこは消化不足な感じがした。
一方で、作曲家の今賀のエピソードからクライマックスへの疾走感はたまんなかったですね。面白かった。
やっぱり思うのは、土田世紀という人は凄い漫画家なんですが、既存の長期連載のフォーマットでは才能を発揮しきれないというか、こう、ほかの方法がなかったのかなあ、と考えてしまいますね。
といっても、これでも無茶苦茶面白い作品だったわけですけども。

まあアレです。なんだかんだでKindleストアがなければ最後まで読むこともなかったですし良い経験でした。
ラベル:Amazon 雑談 Kindle
posted by ヤマダマコト at 21:22| Comment(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月04日

山田佳江「白昼のペンタクル」を読んだ

というわけで福岡のフォートナイターな方の山田さんの新作「白昼のペンタクル」を読みました新潟の方のヤマダです。

それにしても山田さんの小説って、いつも思うんですが、こう「現役感」が半端ないんですよね。言葉にするのが難しいんだけど、なんて言えば良いんだろう。登場人物は私と同じで10代20代なんですが、目線がキャラクターと一緒だったり、あるいは作品のテーマや題材、切り口とかすごく「今」を取り込んでくるというか。なんかギラギラしてる、っていうのも違うし。常にエッジの方を見ている、といえば良いんだろうか。

作品解説によると、「ゲーマーとギャルの少し不思議な青春SF小説」的な作品でしたがどちらかといえばファンタジー寄りな気がしました。流行りのセカイ系、とも違う気がする。
私は「ゲーマー」というフレーズから、なんか電脳世界でギャルアバターとなんか色々あるサイバーな感じかと思ったけど違った。まあ、ペンタクルですしね。
中盤までがボーイミーツガール的な感じで進むんだけど、世界の秘密と彼女の秘密が明らかになった時点で、実は全然違う意味を持ってくるんですよね。その展開はすごく面白かった。こう、日常の延長にある異世界とか古史古伝的なネタとかモロにフェイバリットな感じ。
高校生たちの物語かと思いきや、それだけではない広がりもあるし意外な展開に繋がっていく。世界線と時間軸が曖昧な物語でスケールがめっちゃでかい。
テンポがよくて読みやすいんだけど、逆に、設定が複雑で情報量が多い分、余計に集中力を要するというか、私はギリギリラインで読了できた感じで、これは気合を入れて一気に読んだ方が楽しいと思います。
キャラクター的には「ツナさん」というキャラが面白かった。ネットゲームがモチーフのエンタメではお約束なポジションなんだろうけど、微妙にセオリーを外しつつ一人称が「ワイ」なのが、なんか良い。



なんていうか、もっとこの世界に浸っていたいというか、倍の分量でストーリー展開をゆっくりにして個々のキャラクターを掘り下げたりしたら、より私の好みなんでしょうけどね。民族学的な設定も「もっとくれ!」みたいな。でも、それだと古臭いと思われそうだし、逆にこの疾走感が今風で、すごく山田さんらしい気もする。
posted by ヤマダマコト at 12:24| Comment(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月20日

KDP本、鈴木千恵子「私と言う女」を読む

私が以前にケータイ小説をやっていたときは、まさに「恋空」の全盛期で、中高生の女の子たちがどこまでノンフィクションなのか怪しい「実話系」のヤンキーとの恋とか妊娠中絶を語った小説が熱狂的な人気になっていた文学評論家や社会学者、サブカル系の識者が色々言っていた時代でした。
ただ、そうした女子が自給自足していく「実話系」の陰では、ひっそりとガチのミステリを公開したり公募狙いの人たちが自作を発表しながらコミュニティを形成していたりするんですよ。あくまでひっそり。私もその辺からスタートした感じです。きっと、今の「なろう」とか「カクヨム」もそんな感じだろうと思う。ユーザーが増えればメインストリームとは別に、こう、色んな人が入ってくる。必ずしも大ヒットとはいかなくても、それでも色んなものが出てくるのは、きっとサービスの認知度が向上した証のひとつなんだろうと思います。
んで、KDP小説のメインストリームって言われてもピンとこないですよね。だいたい商業と一緒に並ぶのでマーケットから傾向が見えてこない。せいぜい、「BLはKDP本が元気だな」とかそんくらいのもの。そういう意味では、アマチュアが小説を発表する場としては異端なんですよね。角川さんのブックウォーカーさんだってインディーズというカテゴリがある。そこがKDPの難しさであり魅力だったりするんですけども。



とはいえ、それでも「KDPも裾野が広がってきたのかな」と思ったのがこの作品。鈴木千恵子さんの「私と言う女〜遠い記憶〜」。
フィクションと銘打ちつつ、半自伝的な回想録形式で昭和33年生まれの女性の半生を描く物語。ていうか、名前や固有名詞以外はノンフィクションっぽい気がする。ケータイ小説の「実話系」とは全然違う。
ちなみに、この作品を知ったきっかけは鈴木さんの方からTwitterでフォローしてくださったこと。割とファンの方にフォローしていただく事は多くて、きっと自作を読んでくださったのかな、と思ったんですよ。昭和33年生まれならうちの母親世代ですし、ツイートもごく普通の主婦の方っぽいし。そうしたら、KDPで小説的なものを出してるわけですよ。めっさ気になるじゃないですか。

本を開いて驚いたのが横書き。なんか久しぶりに見た気がする。内容については、平易な文章でわかりやすく、でも丁寧に書かれていてなかなか「読ませる」内容。子どもの時代のいじめや家族の都合での転居、好きだってテレビスターへの思いや結婚など、すごくストレートに変に脚色することなく穏やかに描かれていて、本人にインタビューしているみたいな不思議な気持ちになる。個人的には芸能人などは実名の方が良かったと思うけれど。そっちの方が同世代の共感を呼べるでしょうし。
ただ、いわゆる高度成長期から今日まで生きてきた女性の、しかも偉人や有名人でもない一般人の人生というのは面白い。人の人生って、それだけでもエンタメなんだな、と実感させられます。特に時々語られる人生観はすごく興味深いです。そんで、旦那さんの持病に痛風があるのがね、おおう、と。
時に軽妙に、でも時にずっしりとくる感じで、特に親への様々な思いは印象的でした。

にしても、こういう作品って昔は地域の文芸サークルの同人誌や市が定期刊行するような文芸誌しか発表の場はなかったように思うんですよ。いわゆる作家志望やビジネス目的ではなく、趣味的に小説やエッセイ、俳句なんかをカルチャーセンターとかで習ったけど発表する人たちは昔からいたんですが、これまでは地元の印刷所などで安い同人誌を作って知り合いに配るしか発表の手立てがなかった。コストがかかるからだいたいグループで。
本来であれば、そういう人たちこそKDPはじめセルパブを活用すべきだと思うんですよね。低コストでより多くの人に読んでもらえ売り上げもあるわけですし。
その意味でも、こういった渋い作品がどんどん増えてくれば良いなあ、と思います。全国の昔から活動されているベテラン同人作家のみなさんのニーズに応えられると思うんですよ、セルパブって。
posted by ヤマダマコト at 12:40| Comment(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする